【インド最貧エリアのビハールで感じたこと】

インドはまだまだ貧困エリアが多い国であり、その中でも最も貧困と言われるエリアがある。

その土地を「自分の目で確かめたい」と思った。

先月、インドの最貧困地域・ビハール州を訪れた。この地域は農業が主産業で、女性の社会進出の遅れや教育格差など、根深い社会問題を抱えている。

記事: https://www.tabisora.com/travel/report-india/65.html

 

インドに住む日本人として、ニュースやデータではなく、『自分の目と耳』で現地を確かめたいと思った。それがこの旅のきっかけだった。


ビハールに行くきっかけをくれたのは、「ドリブルでインド横断する」という挑戦をしていた日本人の萩原さんだった。

 

彼は2,000kmをギネス挑戦をしたり、ビハール州に腰を据え、サッカーを通じて子どもたちの未来を変えようとしている。

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詳細は以下記事参照↓

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000117331.html

貧困地域にサッカーを通じて教育の変革を起こそうとするその活動を生で見たとき、「この人は本気で人生を懸けている」と感じた。

彼との出会いは、自分の生き方を見つめ直す大きな転機になったと思う。

 

またビハールで子どもたちを見たとき、胸がきゅっと締めつけられる瞬間が何度もあった。

 

裸足で歩く子どもたち、お風呂に何日も入れていないであろう姿、親がアルコール依存症で家庭環境が良くない家庭も多い。彼らは、生まれた瞬間からすでに不利なスタートラインに立たされている。

 

それでも、目を輝かせ、全力で生きていた。

教育もままならない環境の中で、生まれながらにハンデを背負いながらも、それを言い訳にせず、ただ懸命に生きていた。

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そんな彼らを見て、自然と背筋が伸びた。

 

日本という恵まれた国で、家もあり、食事もあり、教育も受けられているのに、それでも足りない何かを探しては、喪失感にさらわれてしまうことがある自分。

 

◾️他人や社会の目を気にしてしまう自分

「誰かにどう見られるか」

「あいつより良い生活をしているか」

「あの人はいいキャリアを歩んでいて羨ましい」

「これが欲しい」「あれが足りない」

 

そんなふうに、常に何かを求め、今あるものに感謝せず、それらが「当たり前」になってしまう時がある。

 

他人の目ばかり気にしてしまっているなと思う時もある。煩悩だらけ。

◾️自分軸で生きる人のかっこよさ

だからこそ、自分の軸を持って生きている人、

本気で想いを持って何かを変えようとしている人を見るとかっこいいと思う。

 

日本人からすると、インド・ビハールに住むことは決して簡単ではない。それでも、変えたい“何か”があり、ビジョンを持って熱く取り組んでいる萩原さんを見て、羨ましくもあり、尊敬の念を抱いた。

 

貧困や根深い問題が多いインド、ビハール。

そんな環境の中でも一生懸命生きている子どもたち、サッカーに打ち込む子どもたちを見て、「本当の豊かさとは内面にあるものなんだ」と深く気づかされた。

 

煩悩を捨て、自分をコントロールし、正直に生きたいと心の底から思った。

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◾️師匠の死と、人生を考える時間

その少し前、自分にとって「師匠」と呼べる人が亡くなった。数週間前には一緒に食事をして笑っていたのに、突然の病気でこの世を去ってしまった。

言葉にできない喪失感の中で、

「自分は今を大切にできているのか」

「本気で生きているのか」

という問いが強く心に残った。

この方の魂を引き継ぎ、今この瞬間を全力で生きよう。そう強く思った。


◾️自分の人生をどう生きるか

自分には、親や天から与えられたものがある。


① 自分の強み・能力

② やりたいこと・興味

③ 社会に必要とされていること


この3つが重なる領域に身を置き、そこで全力で生きること。それが自分にとっての幸せであり、他者への貢献から生まれる本当の幸福だと思う。


でも、それを実現するのは簡単ではない。

日々の生活の中で、迷ったり、焦ったり、周囲の期待に流されてしまうこともある。「本当にこれでいいのか?」と自問する瞬間も多い。


それでも、自分の“軸”を持って生きたい。

誰かと比べるのではなく、昨日の自分と比べて成長していたい。環境や他人のせいにせず、自分の選択を自分で引き受けたい。


何が辛いことがあったときはビハールの子どもたちを思い出すだろう。彼らは何も持っていないように見えて、自分の「今」を全力で生きていた。

 

本当の豊かさとは、どれだけ持っているかではなく、どれだけ“今”を大切に生きられているかだと思う。

 

これからの人生、どんな環境にいても、

「自分にベクトルを向けて、自分の人生を生きる」その覚悟を持って、前に進んでいきたい。

【自分が知らない世界】

 

最近、「具体と抽象」について考えることが増えた。なぜならインドには色々な人がおり、会話の幅も広く日々学ぶことが多くあり、このテーマにいきついた。


具体と抽象について、なんとなく理解していたつもりだったけど、今回をきっかけに深く考えるになった。

 

しかしインドでの生活や仕事を通して、どれだけ自分が“具体”に偏り、“抽象”を見ずに生きてきたかを痛感している。

 

「あの人は何を言っているんだろう」と感じても、そこで深く考えることなくスルーしていた。

 

今思えば、それは自分が“表面的な言葉=具体”でしか物事を捉えられていなかったからだ。

 

ふと振り返ると、これはサッカーをやっていた頃から続いていた思考のクセだった。

◾️サッカーが教えてくれた「抽象化」の大切さ


中学、高校、大学と、学生時代はサッカーに全てを捧げていた。当時の自分にとって、監督の指示に従い、正確にこなすことが大切であり「成長」だった。


でも、思ったような結果が出ないことも多かった。言われた通りにやっているのに、なぜか上手くいかない。(監督は素晴らしい方です)


その違和感の正体は、「なぜその練習が必要か、そのプレーが必要なのか」という抽象的な背景を理解していなかったことにあった。


特にサッカーの戦術は細かく深い内容が多く理解が難しい。監督が出した指示をただ実行するのではなく、なぜそれをやるのかを深く理解できている選手はチームで必ず活躍する。


行動(具体)の奥には、原理原則(抽象)がある。


この原理を理解せずにプレーすると、状況が変われば応用が効かず、成長にも限界が来る。 

 

抽象を理解してこそ、プレーに再現性と創造性が生まれる。

◾️思考することは、生きる力になる


忙しくなると、人は具体に偏りがちになる。

目の前のToDo、納期、数字、メール。

人から言われたことを淡々とやる方が深く考える必要がないし楽である。


でも、そんなときこそ一度立ち止まって、抽象に立ち返ることが大切だと思う。


「なぜあの人はこれを指示したのか?」

「なんでこれをやるのか?どう成果に繋がる?」

「この経験から、何を学ぼうとしているのか?」


こうした問いを自分に投げ続けることで、日常の出来事が「意味」を持ち始める。


抽象とは、自分の人生を一段高い視点から見つめ直す思考の土台だ。

 

◾️抽象でつかみ、具体で動くことの重要性


これまでの経験から、1つの答えが見えてきた気がした。抽象でつかみ、具体で動く。


これはサッカーでも、ビジネスでも、人生全体に通じる本質だと思っている。


抽象がないまま具体に走ると、行動は場当たり的になり、再現性がなくなる。逆に、抽象だけにとどまっていても、現実は何も動かない。


重要なのは、この2つを自在に行き来できるかということだ。


今、インドという異国で働いていることも、

かつてサッカーに打ち込んでいたことも、

自分の中ではすべてつながっている。


どんな経験も、意味を与えることで「学び」に変えられる。その鍵は、具体と抽象を行き来する“思考の力”だ。


『ただの事実を、成長のきっかけに変えるか。

ただのトラブルを、自分の糧にできるか。』


それを決めるのは、環境ではなく自分の捉え方だと思っている。

 

最後に「具体と抽象」

それは、目の前の出来事に意味を与え、自分の人生を深めていくためのレンズ。


これから出会う人、これから積み重ねる経験や学びも、すべてがただの“事実”で終わるのか、それとも“意味”を持った物語になるのかは、自分次第。


このインド生活と具体と抽象を行き来しながら、思考を止めず、自分の中に軸を育てていきたい。その先に、自分らしい選択と納得のいく人生があると信じている。

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【ベクトルを全て自分に向ける】

 

最近強く感じているのは、「どれだけ自分にベクトルを向けられているか」ということ。


困難が起きたとき、予想外の出来事に直面したとき、つい他人や環境のせいにしてしまうことがある。「自分が悪いわけじゃない」と無意識に逃げ道を作ってしまう。


これは自分自身、よくある。


インドはとにかく不便。生活環境や仕事も。価値観も仕事のモチベーションも、日本とはまるで違う。


インドに来てから、価値観が全く違う人たちとの関わりや、文化・環境の変化に対して、どう思考し行動するかを日々問われている。

◾️「違い」に触れて気づいたこと


話は少し逸れるが、先日インドの貧困エリアへ訪れた。


パンツも履いていない子供や服がぼろぼろで、身体も洗っていない子どもたちがいた。でも目をキラキラさせて、笑っていた。


そこの人達は物乞いでしか生活を知らず、教育も訓練も届いていない地域。

 

物乞いをする以外の選択肢を知らない人たちが確かにそこにいた。


ボランティアの人が言っていたのは、「教育が進まない限り、ここの貧困は変わらない」と。


このテーマはまた別のブログで書きたい。

◾️恵まれた環境にいる自分たち


自分たちは、生きる術を“最初から”知っている環境で育ってきた。家があって、食事があって、学校があって、教育があった。

働く手段も、自由に選ぶことができる。

それなのに、自分は色々な場面で「環境のせい」にしているなと。インドにきてから「インドだからしょうがない」と、自分を甘やかしていたかもしれない。

特に仕事面。


実際には、自分はどれだけ本気で考えてたのか?

100%の力で行動していたのか?

そこまで向き合えていなかったことに気づいた。⸻

◾️自責100%で捉えるということ

 

インドの人たちは、仕事に対して日本人とは価値観もペースも全く違う。でも、それを理由に諦めるのではなく、

「自分の伝え方はどうだったか?」

「もっと良いやり方はなかったか?」

 

と、自責で振り返ることが重要だと思った。

相手が動かなかったとしても、自分の出し切り度合いによって、成長の質もスピードも大きく変わる。


自責100%で考えることは、自己否定ではない。環境や他人に振り回されず、「主導権を自分で握る」ということ。


自分に原因を求める癖をつけると、

「自分の力で人生を変えられる」という感覚が積み重なっていく。

 

それが、自分の思考を強くする。

◾️なぜ自分にベクトルを向ける必要があるのか


人はつい、自分の選択を正当化しようとする。

「ポジティブ」であろうとするほど、本質から目を逸らしてしまうこともある。


でも、自分の中に問いを持ち続けることが大事だと思う。

• 自分はどう生きたいのか

• この仕事を通して何を得たいのか

• どんな自分になっていたいのか


問いをやめた瞬間に、思考は止まる。

そして、気づかないうちに誰かや何かのせいにしはじめる。

最後に

インドの子どもたちは、選択肢すら持てずに生きている。でも、自分たちは違う。すでに教育も、環境も、自由も手にしている。


だからこそ、

「どう生きるか」「どう働くか」「どう幸せを掴むか」それを“自分で”考え、“自分で”選び、“自分で”責任を持つ。


ベクトルを外に向けるほど、自分の人生の主導権は奪われていく。逆に、ベクトルを100%自分に向けたとき、人生は自分のものになる。


今の自分にとって、一番大切にしたいテーマである。読んでいただきありがとうございました。

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【孤独と向き合うことで気づいたこと】


インド生活では気候や食事、体調管理、言葉の壁など……しんどいこともたくさんあった。

でも振り返ってみると、これまでの人生で一番濃密な時間だったと感じている。


その理由の一つが、「孤独感」と真正面から向き合ったことだった。

 

海外で感じた、あのときの孤独。インドに来てからしばらくは、「寂しさ」や「虚しさ」、そして漠然とした不安に襲われることが多くあった。


でもこの孤独感こそ、自分を強くするチャンスだと、今は前向きに捉えている。


似たような経験を、過去にもしている。

クロアチアやアルゼンチンでサッカーをしていた頃。初めての海外、知り合いもいない環境。常に不安と緊張がつきまとっていた。


でもそのとき、自分は確実に強くなったと感じている。理由はただひとつ。本気で、自分と向き合う時間が増えたから。


それまでは、仲間や友達と過ごすことで、いろんな感情を紛らわせていた。

でも海外で孤独になったとき、逃げ道がなくなり、サッカーと自分自身に集中するしかなかった。

◾️「なんとなく」で動いていた自分が変わった


どうすれば、あのプロ選手のようなプレーができるのか。なぜ今日の練習で、自分はミスをしたのか。一つひとつを深く考えるようになった。

 

「なぜ?」を自分に問い続ける時間が増え、感覚に頼っていたプレーが、ロジカルな判断に変わっていったのをはっきりと覚えている。

 

なんとなくでプレーしていた自分が、意図を持ち、根拠をもってプレーするようになったことで、明らかにパフォーマンスも上がっていきました。

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インドで再び孤独を感じたとき、ふと思った。

「この経験も、自分をもう一段階レベルアップさせるチャンスなんじゃないか」と。

 

サッカーでは「なぜ」と向き合うことで成長できた。ビジネスの世界でも同じように、「思考」と「言語化」が自分を次のステージへ押し上げてくれるのではないかと。


◾️思考の在庫を増やすことの大切さ


最近、仕事の中でふと悔しさを感じることがある

• 「あのとき、こう言えばよかった…」

• 「なぜ自分はこの判断をしたんだろう…」


この違和感を辿っていく中で、気づいたことがあった。

 

それは、自分の“思考の在庫”が少ないことが、判断や発言の弱さにつながっているのではないかということ。

◾️思考の在庫が多い人の特徴


自分が見てきた、思考力が高く、瞬時に的確な言葉を出せる人には共通点があった。

• 普段からよく考えている

• だから「仮説」や「言語」の在庫が多い

• 結果として、状況に合わせてすぐに組み替えて話せる

 

つまりその場で答えを“ひらめいている”のではなく、過去の思考の貯金を引き出しているのだと気づいた。

◾️思考と向き合うには、「なぜ」を問い続ける


ただ感じただけでは不十分。

表面的な感情で終わらせず、「なぜ自分はそう思ったのか」と掘り下げる。

 

この問いを立てるクセが、思考力を育て、判断力・発信力につながっていくと思う。

 

◾️言語化は、思考の整理であり、武器である

頭の中にある感情やアイデアを「言葉にする」ことで、思考はより明確になり、整理され、他者にも伝わるようになる。

 

そして、自分が発した言葉が、相手に変化や行動を促す力にもなる。それができる人が、ビジネスでも影響力を持っている。

 

最後に。
まとまりのない内容になってしまいましたが、

今、改めて感じていることは、「孤独と向き合う時間は、最大の成長機会である」ということ。


インドでの生活は決して楽ではないけれど、だからこそ得られる学びがある。

 

この経験を「なんとなく」で終わらせないために、これからも「思考」と「言語化」を大切にしていきたいと思っている

 

読んでいただき、ありがとうございました。

【インドに実際住んでみて感じた危機感】

 

インドに来て、今日でちょうど7ヶ月。


クロアチア時代も含め、海外で生活すること自体には慣れていたつもりだったけど「ビジネス」としての海外は、やっぱりまったく別の経験だなと思う。


最近よく友達や仕事仲間に聞かれるのが「インドって実際どう?」という質問。

 

ネットや記事で見る“インド”と、実際に住んで肌で感じる“インド”の間には大きなギャップがあるなと思う。


リアルなインドの空気を、20代後半で体感できていることは、自分にとって大きな財産だと感じている。

 

この7ヶ月で一番感じたのは2つ。

1.「英語力の足りなさ」と 2.「AIとの向き合い方」ついて。


英語力について、自分の英語はまだまだだなとを感じている。

 

インド人と働いてみて改めて感じたのは、彼らの英語力の高さ。また日本人と比べると、“話す”ことへの自信と慣れが全然違う。(マシンガントークすごい)

 

インドに赴任するまでは「伝わればいい」レベルの英語で勉強していたけど、これからの未来、彼らと仕事をしていくなら、ビジネスレベルで話せなきゃいけない。そう強く感じている。


自分は毎日、英会話レッスン25分、通勤中のリスニング・シャドーイング15分、寝る前にアニメ英語15分……。留学をしていたわけではないので、勉強のルーティンの量、基準値を上げないといけないなと痛感している。

 

クロアチア時代は、クロアチア語だったので耳が慣れない、笑(言い訳)

もっと頑張らないと!!!

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次はAIとの向き合い方について。

インドでは時間もある関係やリサーチ業務が増えたこともあり、AIを使うことが増えた。

 

毎日色々な記事がでるし、少し情報収集をサボるとすぐに重要な知らない情報が増え、AIに関しては学ぶのが難しいなと思う。


サッカー選手を引退し、ビジネスの世界に入った時はメールの作成にとても苦労したのを覚えているが、今は簡単に添削できるし、完璧な構成も考えてくれる。


当初は一件メールを書くのに20分もかけていたのが、、、笑


インドには、まだ十分な教育環境にアクセスできていない子どもたちも多いけど、逆に言えば、テクノロジー次第で一気に成長できる国でもある。


平均スキルが上がったとき、英語が話せて、主張ができて、ITに詳しい人材がより増えることを考えるおインドのポテンシャルは計り知れないと思う。


実際に、自分が出会ったローカルの友人はAIエンジニアとして起業し、日本語も英語も話せて、ITも経営もできる。(同じマンション)

 

彼みたいな若者がどんどん出てきたら、自分達日本人もぼーっとしていられないなと、、

 

そんな出会いやインドでの生活を通じて、もっと生成AIと本気で向き合い、テクノロジーをどのように活用することで、自身のスキルを伸ばせるかを考えなければいけないなと思った。


まとまらない文章を書いたけど、この7ヶ月で

英語とAIに関して非常に興味が持てた良い期間だと思う。


昔はどのようにボールを蹴ったら遠くに飛ぶかを考えていた自分が、このようなことを考えるようになったのはとても不思議な気持ち。

 

残された少ない20代を全力で駆け抜けたいと思う。

 

 

 

【インドで5ヶ月経った今、思うこと 】サッカー選手からビジネスマンとしてインドへ

 

サッカー選手時代は、2週間に1度ブログを書いていた。でも今は、色々なことを言い訳にしてサボってしまっている。反省。

 

インドに来て、もうすぐ5ヶ月が経つ。この5ヶ月を振り返ると、圧倒的に「自分と向き合う時間」が増えたなと感じる。


日本にいた頃は、休みの日は友達と過ごし、旅行含め、色々な娯楽施設へよく行ってた。毎日を忙しく過ごし、深く物事を考える機会は少なかったと思う。

でも、インドでは環境が大きく変わった。気軽に会える友達もいないし、娯楽も限られている。

その分、自分自身と向き合う時間が増えた。

「なぜ俺はインドにいるのか?」

「28歳、今の時間を、どう使うべきか?」


そんなことを考えることが、これまで以上に多くなった。正直、インドに来る前に思い描いていたような成果は出せていない。理想と現実のギャップに焦ることもあるし、悔しさやこれぐらいでと線を引いてしまうこともある。


でも、サッカーをやっていた時も似たような場面は多々あった。

こういう「不安定な時」こそ、何を考え、どう行動するかが大事になると思う。

サッカーを辞めてビジネスの世界に入っても、本質は変わらないと信じている。


吐くほどキツい走り込み、足が動かなくなるまで追い込まれたフィジカルトレーニング。

あの時も、常に「弱い自分」と向き合ってきた。


「今日はこれぐらいでいいかな…」

「あいつが秒数入れてないし、自分も入れなくていいか…」


そんな甘えが、何度も頭をよぎった。

でも、そこで逃げなかったからこそ、弱い自分に打ち勝ってきたからこそ、見えた景色があった。


今の自分はどうだろうか?

目の前の課題から逃げていないか?

言い訳をして、楽な方に流されていないか?


フィールドが変わっても、やるべきことは同じ。

結局のところ、「自分の限界を決めるのは自分自身」 であり、「自分を奮い立たせるのもまた自分しかいない」と思う。

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インドに来て、今一番良かったと思うことは

「インドで闘う尊敬する人々」に出会えたこと。


日本で仕事をしていたら、到底出会えないような人たちと、インドでは仲良くさせてもらい、たくさんの刺激をもらっている。


「走友会」というコミニティーで、仕事もランニングも全力な熱い方々と出会い、インドのスポーツコミュニティで出会った方々、職場の上司や仲間含めたくさんの学び、刺激、パワーをいただいている。


インドに来ると決めたとき、大好きな本田圭佑選手の 「環境にこだわれ」 という言葉に背中を押された。

 

そして今、その言葉が間違いないと確信している。人は「どこに身を置き、誰と出会うか」で価値観が大きく変わる。


インドでの仕事、生活をどうデザインするのか。

自分自身とどう向き合い、どう成長するのか。

結局のところ、すべては自分次第。


読んでいただきありがとうございました!

#インド生活 #海外 #インド

【新たな挑戦!インドへ渡航🇮🇳】

 

お久しぶりです。

海外サッカー選手時代はよくSNS発信、YouTube活動、ブログを書いていたのですが、ここ最近は環境が変わり、中々活動できてなかったです(言い訳です、、)


今回のブログは「インド行きを決断した理由」について書きたいと思います。


2024年10月1日から出向となり、インドで仕事をする事になりました。


海外サッカー選手を引退してから様々な葛藤がありました。

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13歳〜26歳まで「絶対にJリーグで活躍して日本代表になる」といった目標をかかげ、一心不乱にサッカーに取り組んできた自分にとって、ビジネスの世界は厳しい現実ばかりでした。


スタートアップ企業や日系大手企業で様々な経験をさせていただきましたが、まだまだ自分の理想の姿と現状の姿は乖離しており、

「悔しい」と感じる日々が続きました。


モヤモヤしていた時期が続いていたのですが、ある時、所属している企業で「グローバルチャレンジ」といった制度を見つけました。


クロアチア、アルゼンチン、セルビア、ドイツなど、色々な国でサッカーをしていた自分にとって、「これはチャンスだ」とめちゃくちゃワクワクしたのを覚えています。


色々な国への挑戦機会があったのですが、その中でも強く興味をもったのは「インド」です。


どうせ挑戦するなら「これから世界経済を動かすであろう国で働きたい、経済成長が著しい国へ行きたい」と考えていました。


自分が尊敬しているサッカー元日本代表、

本田圭佑さんの好きな言葉があります。


それは「成長するためには、成果を出すためには、環境にこだわれ」といった言葉です。


今後インドと上手くビジネスを展開していくことは、日本の経済成長において欠かせないかと思います。


このような可能性に満ち溢れた国で、自分がどこまで闘えるのか、どこまで成長し、成果を出せるのか、試したいと考えています。


今回のブログは一旦ここまでとしますが、次のブログではインドでどんな事を学び、どんな挑戦をしていきたいのか諸々と書いていきたいと思います。


読んでいただきありがとうございました!!

 

#海外生活 #インド #ニューデリー #グルガオン #海外サッカー #サッカー #英語

 

 

【海外サッカー選手の現在地】


数年前、クロアチアでサッカー選手としてキャリアをスタートした。

 

初の海外移住、そして海外生活、海外サッカー。

その後アルゼンチンへ行ったり、セルビアでプレーした。今思えばめちゃくちゃハード。笑

 

大学を卒業してから約3年と半年。

海外サッカー選手として充実した

日々を過ごせたと思う。

 

26歳でプロサッカー選手を引退し、

今は大手企業のコンサル、営業として活動している。

 

毎日ボールを追いかけていたあの頃とは全く違う生活をしている。

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PCの基礎を教わり、ビジネスマナーを学び、自分のバリューを発揮できるようになる為、日々取り組んでいる。

 

本音をいうと今、苦しい。

 

サッカー選手という専門領域にいた事もあり、知らない事も多い。

何よりできない事が多い。

 

前職とはビジネス観点ではやっている事が全く違う点や、役員の方と商談をするので難易度が高い。

 

「ああ、おれはこんなもんなのか」と絶望する毎日を過ごしている。

悔しくて悔しくて寝れない日も多い。

 

でも今はこれでいいとも思う。


人生において貴重な20代はできる事をしていても個人的には成長はできないと思う。できる事も少ない、知見もない自分の能力を上げていく時間にしていきたいと思う。

 

数年後やりたい事をやる為にも、選択肢を増やす為にも、もがきながら成長に貪欲でいたい。

 

いずれ大好きな本田圭佑さんとも仕事がしたいと思うし、スタートアップにも挑戦したい。

地元山梨を盛り上げるビジネスをしてみたいなとも思うし、Jリーグ経営をしてみたいとも思う。

 

改めて。

 

学生の時から、サッカー選手時代から今も応援し続けてくれている人がいる事は本当に恵まれていると思う。ありがとうございます。

 

今は胸を張って報告できる事は何もないけど、恩返しできるように日々頑張りたい。

 

読んで頂きありがとうございました。